アーティストは不要不急の存在か?
コロナ禍は各業界を直撃し、中でもアーティストは各国で活動を制限され大変な思いをしました。
しかし、その中において、ドイツ政府の出したメッセージはとても印象的でした。
文化的供給が表現しているのは、
私たちについてであったり、私たちのアイデンティティについてだったりします。
コロナウィルスによるパンデミックは、私たちがともに営む文化的生活の深い中断を意味しますー
アーティストと観客との 相互作用のなかで、自分自身の人生に目を向けるという、まったく新しい視点が生まれるー
これは2020年5月のドイツのメルケル首相の演説からの抜粋です。
このメッセージを知った時、他国の首相の言葉であるにもかかわらず、
嬉しかったことを覚えています。
このメッセージは、
我々はアーティストとの相互作用によって教養、知性、情操、価値観、といった「無形の価値」が養われていることを知っており、それは活動の源泉であって、これを貧しくするわけにはいきません。
という内容を伝えていると思います。
一般に人は私も含め、有形なものにこそ価値があると思いがちです。
人を見ると、
地位は高い?
お金もってる?
資産は?
実績は?
といった要素に目がいきます。
その一方で、教養、知性、情操、価値観、といったものを軽視し、
それらを
「マナーの先生あたりが言ってる、
眠たい面倒くさい何か」
程度に考えているのが普通ではないでしょうか。
実際、生活をしていて
「あの人は教養豊かで素敵!」
「あの人は誠実で素敵!」
といった表現を使う人に出会うことは、ごく稀(まれ)です。
これは「無形の価値」は目に見えず、その重要さに気づくすら難しい背景があるせい、と言えると思います。
しかし、メルケル首相のメッセージは、人が持つこうした性質に警鐘を鳴らしているのではないでしょうか?
「無形の価値」を重んじる認識がなければ、人は自然と表面ばかり追いかけ、心は貧しくなり、貧しい心はやがて貧しい世界をつくる。
これは恐るべき事だと思います。
アーティストに対して不要不急のレッテルを貼ってしまった方や、
特に要職に就いていたり社会に影響を持つような方にはぜひこの点に着目してほしいです。
普段アーティストによって得ているものが何であるのか。
その恩恵が広く話し合われ、
正しく認識されるようになることを願ってやみません。